No.26 宮城県石巻市・女川市・南三陸市での公演 バリトン歌手 佐野正一

No.26 宮城県石巻市・女川市・南三陸市での公演

福島原発の汚染水の処理問題をニュースで
放送していましたので、

東日本大震災を忘れないように、

震災前後の宮城県公演についての思い出を
書きたいと思います。

日本青少年文化センターの宮城県公演が、
2010年10月と2011年10月(10公演ずつ)
ありました。

2010年は、最初に岩沼市の
「岩沼リゾート」に宿泊し、

※岩沼市には、仙台フィルの「第九」の
ソリストとして、歌いに行ったことがあります。
今年はコロナ禍のため、
「第九」が中止になったとニュースで伺いました。
本当に残念です。

山元町名取市の小中学校を回り、

その後、多賀城市民会館ホール松島町中央公民館などで公演を行い、

最後は、「鳴子温泉」に宿泊して、
戻ってきました。

この年は、「岩沼リゾート」にも、
素敵な温泉があり、
仙台市での食事も美味しく、
最後は「鳴子温泉」と

すべてが楽しい演奏旅行となりました。



2011年3月11日の東日本大震災により、

伺った、山元町や仙台空港のある名取市、
そして、多賀城市他が、

津波の被害を受けているのをTVで観て、
ショックを受けました。


少しして、「岩沼リゾート」の大浴場に、
避難なさった方が、本当にホッとした顔で、
入っているのを観たり、

また、多賀城市民会館ホールの駐車場で、
クリーニング専用のトラックが、

避難されている方々の衣類を洗濯をしている
光景を観て、心が温かくなりました。


この様な状況でしたので、
今年の宮城公演は、
中止だろうと思っていました。
(宮城県は2年間公演する契約でした。)

しかし、こういう時だからこそ、
演奏に来て欲しいとの事で、
公演に行くこととなりました。

10月の一週目に5日間10公演、偶然にも、

石巻市、女川町、南三陸市、気仙沼市と

被害の大きかった地区が当たっていました。


「被災地に行って、歌って来い」

ということかなと思いました。

実際に、何もできませんでしたので、
歌いに行けて良かったと思っています。


上手く表現できませんが、
その時に見聞きした事を書かせて頂きます。

石巻市に近づくにつれ、
道路はどんどんガタガタになって行き、
電柱が斜めに建っていました。

石巻駅前の市街地は、皆さんの頑張りで、
瓦礫はかなり片付けられており、

そして、色々なお店の壁に、

「ボランティアの皆さん

 ありがとうございました」

と張り紙がしてありました。


ただ、壊れてしまって営業できないお店も
たくさんありました。


市内にある山下小学校での公演では、

体育館が崩壊しそうでしたので、
音楽室での公演に変更になりました。


野球場の駐車場や
女川町へ行く道沿いには、
仮設住宅が多く並び、

雪囲いの様なものを急ピッチで、
取りつけ作業が行われていました。

また、女川町へ行く海側の道路は、
地盤沈下したため、

満潮になると水浸しになる様で、
家の周りに土嚢が積んでありました。


女川町は、市街地とは違い、
まだまだ大変な状態で、
巨大なコンクリートの建物がひっくり返り、

重機が、瓦礫の処理をしていました。
とても危険な状態でした。

この映像は目に焼き付いています。
本当に衝撃を受けました。

そのコンクリートの建物の横を通って、
高台にある学校に演奏に行ったのですが、

子供たちは町を歩く事も出来ず、
また、色々な学校が使用できないため、

各地の仮設住宅から
大型バスで通学していました。

演奏した体育館は、数日前まで、
援助物資の保管所になっていたそうです。

ドアが閉まらない箇所がたくさんありました。


南三陸町も
むき出しになった鉄骨の建物以外は、
何もない状態で、

道の途中途中には、
瓦礫や車の山積みになっていました。

鉄骨になった防災対策庁舎の横を通り、

高台にある志津川小学校で演奏しました。

ここの体育館も、
先日まで避難所になっていたそうです。

市役所は、高台にプレハブで仮の庁舎が
作られていました。


南三陸町から気仙沼に行く途中の光景も、
大変な状態で、

多くの家が土台のみになり、
橋は壊れ、線路も破壊され、
トンネルにも土が入って埋もれていて、

広範囲にわたり津波の被害があった事を
実感させられました。


車で送っていただいている時に、
二人の教育委員会の方が
お話して下さったのですが、

一人の方は、

三階建ての屋上まで逃げたのですが、
膝のところまで水が来てしまい、
もう駄目かなと思ったそうです。

もう一人の方は、

水門を閉めに行った帰り、
津波に追いつかれ、
車は流されてしまったが、

奇跡的に何とか助かったと
話して下さいました。

本当に怖かったことと思います。



東日本大震災から、来年で10年、
かなり復興が進んだことと思います。

また、機会がありましたら、
是非、演奏をしに行きたいと思っています。



私が所属しているさいたまシティオペラでは、
東日本大震災チャリティーコンサートを
5年間続けて行い、

赤十字社を通して、200万円を
寄付させていただきました。

思い出 目次
日本青少年文化センター 岩手県公演
コロナ前のHPは、こちら

この記事を書いた人

コロナウイルス禍の中、
発声方法を中心にしたサイトを
立ち上げました。

こんな時期ですから、
独学でできる歌の勉強を
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長年の経験を生かし、
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