思い出に残る「第九」 バリトン歌手・合唱指導者 佐野正一

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思い出に残る「第九」 バリトン歌手 佐野正一

ベートーヴェン「第九」のデビューは、
東京藝術大学の大学院生の時、
学内オーディションに合格し、

松尾洋子指揮、藝大オーケストラ、
台東区「第九」になります。

それ以来、
50回以上の「第九」のソリストを
させて頂いてきましたが、

特に、印象に残った特色に溢れる
「第九」をご紹介致します。

香川県フェスティバル第九

香川県フェスティバル第九
香川県の『フェスティバル第九』は、
かがわ方式という形を取り
演奏されます。

演奏会が始まる前に、
合唱指揮者と有志が舞台に上がり、

観客の皆さん全員に、
第九のテーマの部分の
歌唱指導を行います。

そして、本番。

テーマの部分になると
会場の照明が明るくなり、

知事も市長も観客もみんな立ち上がり、

ホール全員の歌声が
ホール中に響き渡ります。

その瞬間、

「すべての人が兄弟になります。」

感動的な第九です。

まさに、『第九』の真髄を
実践していると思います。

1993年から2019年の間に13回
ソリストとして呼んでいただきました。

嘉穂劇場の第九

嘉穂劇場「第九」
~芝居小屋で「第九」を歌おう~

福岡県の飯塚市に、
昔ながらの芝居小屋があります。

大正10年に
前身の「中座」が作られたのですが、
昭和3年に一度全焼、

昭和6年に「嘉穂劇場」として、
設立されたものです。

この町は炭坑町だったそうで、
仕事で炭坑夫達は、
いつ死ぬかわからないため、

生きていることを謳歌するため、
賭け事や、酒、娯楽を楽しみ、
町も賑わったようです。

石炭から、
石油へ移り変わることにより、
だんだん町自体も
活気をなくしてしまったようですが、

オートレース場や、パチンコ店、
飲み屋が多いのはその名残でしょうか。


この嘉穂劇場も、
その時代を生き抜いてきた、
珍しい芝居小屋です。


しかし、2003年7月に九州北部豪雨の為、
近くの川が氾濫し、
町中が水浸しになり、
2メートル近く水没してしまいました。

復旧しようにも、
個人経営でしたので、
たいへん困っていると、

この舞台でお世話になった
多くのタレントの皆さんが寄付金を募り、

2億3000万円をかけて再建し、
また公演が行われ始めました。
(NHKのドキュメンタリー番組で
 放送されたそうです)

この嘉穂劇場「第九」の公演は、
その再建記念として
2004年のクリスマスに行われました。

舞台上には、
朱色の緋毛氈(ひもうせん)が
敷き詰められ、

その中での演奏は、
今まで経験したことのない
特別な公演となりました。

お客さんは、
枡席で座布団に座り、

300人もの合唱団は、
舞台上と、二階席から歌うという形を
取りました。

その情景は、
しっかりと目に焼き付いています。

アンコールとして、
花道を歩きながら、
きよしこの夜を歌ったのですが、

急に天井から雪が降って来て
(さすが芝居小屋です)

そのあまりの美しさに
感動で身体が震えました。

人生において忘れることのできない
クリスマスを過ごすことができました。

この仕事をしていて良かったと
思える瞬間でした。

※2004年~2007年の間に3回ほど
ソリストとして呼んでいただきました。

嘉穂劇場ホームページ

札幌交響楽団の第九

札響「第九」CD
この頃、北海道の経済が悪化し、
札幌交響楽団も「経営破綻、解散か」
と言われていました。

尾高忠明さん指揮、札幌交響楽団による、
1月から始まった
「ベートーヴェン交響曲連続演奏会」
最終日12月26日の公演、

当たり前に続いてきた「札響の第九」

団員の方々は、
この演奏会が最後かもしれない
という思いで、演奏なさったそうです。

第一楽章から演奏を聴きながら、
自分の出番を待ちましたが、

舞台上では、札響の熱のこもった
迫真の演奏が続いていました。

特に、キタラホールに響きわたる、
弦楽器の美しい音色が
印象に残っています。

耳が喜んでいました。

合唱団のレベルもとても高く、
心に残る素晴らしい演奏会でした。

この公演に、ソリストとして
参加させていただいたことに
感謝しています。

この公演は、当時、NHKでTV放送され、
CDも発売されました。

東京労音の第九

第1回東京労音「第九」チラシ
東京労音の「第九」にて
~運命の第九~

東京文化会館での東京労音の「第九」に
ソリストとして出演した時の思い出です。

その公演は、
50周年記念演奏会と言うことで、
プログラムの中に、
第1回からのソリストが載っていました。

プログラムをいただいて後ろを見ると
第1回の時のポスターが
デザインされてました。

なんとそこには、私の東京藝術大学の時の
恩師の名前がありました。

私が東京藝術大学の大学院生の時に
退職なさり、

その後、尚美学園大学でも、
今度は一緒に教える側として、

先生が退職なされるまで
御一緒させて頂きました。


自分の恩師が
第1回目の「第九」のソリストを務めた
東京労音の第九演奏会に、

50周年記念「第九」のソリストとして
出演できたことは、
とても嬉しいことでもあると同時に、
運命を感じました。

こういう事もあるものですね。
感謝しかありません。

この仕事は、天国にいらっしゃる先生が
私にくださったのかなと、
勝手に色々な思いながら、
集中して演奏させて頂きました。

この時の「第九」は
歴史の重みを感じられる
記念演奏会であると共に、

自分にとっても、
思い出に残る演奏会となりました。

ちなみに、私の恩師は「ここに泉あり」
という群馬交響楽団を題材に
した白黒映画の最後の「第九」の
演奏会のシーンで、

バリトンのソリストとして
出演しています。
(なんと指揮者は山田耕筰です。)

もし、映画を観る機会がありましたら、
是非、この文章を思い出して下さい。

お世話になった団体・オーケストラ

  • 北海道 札幌交響楽団「第九」1回
  • 青森県 五所川原市「第九」 2回
  • 宮城県 仙台フィル「第九」 2回
  • 埼玉県 所沢市「第九」   3回
  • 埼玉県 尚美学園大学「第九」2回
  • 東京都 労音「第九」    3回
  • 東京都 台東区「第九」   1回
  • 東京都 世田谷区「第九」  1回
  • 東京都 多摩「第九」    1回
  • 東京都 安養院「第九」   1回
  • 千葉県 聖徳大学「第九」  1回
  • 神奈川県川崎市「第九」   2回
  • 長野県「第九」       1回
  • 静岡県 下田市「第九」   1回
  • 香川県「第九」      13回
  • 福岡県 嘉穂劇場「第九」  3回
  • 熊本県「第九」       1回
  • 大分県 臼杵市「第九」   1回

 ・海外公演 感動の第九    17回

合計                 57回 (2020年時点)

第九でお世話になったオーケストラ

札幌交響楽団
仙台フィルハーモニー
日本フィルハーモニー交響楽団
新日本フィルハーモニー交響楽団
東京交響楽団
東京フィルハーモニー交響楽団
関西フィルハーモニー管弦楽団
九州交響楽団
東京藝大オーケストラ
青森交響楽団
世田谷区民オーケストラ
川崎市交響楽団
所沢市民フィル
大分第九オーケストラ
フェスティバルオーケストラ
プラハ交響楽団
ハノイ交響楽団、他。
その他の国内「第九」のギャラリー
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